スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

  • 2011.09.30 Friday
  • -
  • -
  • -
  • -
  • -
  • by スポンサードリンク

22日午後3時10分よりニッポン放送の{上柳昌彦のごごばん}電話出演内容

【上柳】

1983年放送、朝のNHK連続テレビ小説「おしん」。

この物語は 苦難に遭いながらも、決してあきらめず、明治、大正、昭和と、激動の時代を懸命に生き抜いた、女の一代記でした。

辛抱強い「おしん」の姿が、日本だけでなく世界各国で共感を呼び、「おしんドローム」という言葉も生み出しました。平均視聴率は、52.6%・・・、

「おしん」を超えるテレビドラマは、これからも現れないでしょうね。

さて、主人公・おしんですが、「ヤオハン」を興した「和田カツさん」がモデルだといわれています。きょうは、その母とリヤカーで野菜を販売し、熱海の八百屋であった「八百半商店」から、「世界のヤオハン」へ成長させた、元・ヤオハンインターナショナル会長・和田一夫さんの、波乱万丈の人生をご紹介します。

世界450店舗、従業員およそ2万8000人、年商5000億円を稼ぎ出した国際流通グループ「ヤオハン」。その躍進を支えたのが、中国進出でした。1989年の「天安門事件」以降、外資企業が弱腰になっていた中国市場へ積極的に乗り出したのが、ヤオハングループ総帥・和田一夫さんでした。1995年、12月、「上海第一八佰伴百貨店」がオープンしたとき、初日、107万人の買い物客が来店し、一日の来店客数の世界新記録を塗り替え、ギネスブックに登録されました。そして、ヤオハングループ総本部を、香港から、上海へ移し、中国大陸での事業展開を、次々と成功させます。そんな矢先、日本のバブル経済が崩壊・・・、深刻な消費不況に見舞われ、1997年、「ヤオハンジャパン」が倒産。負債額1600億円を残し、和田一夫さんは、グループのすべての役職を辞任し、文字通り、牋貶弧気鍬瓩砲覆辰討靴泙い泙靴拭

「中国人に財産を騙し取られた」と陰口を叩く人もいましたが、和田さんは、きっぱりと否定します。「中国に目を向けすぎて、足元のヤオハンジャパンの経営をおろそかにしてしまった。

すべての責任は私にあり、倒産を招いた最大の原因は、私の『おごり』にあった」とおっしゃっています。どん底に転げ落ちたのが、68歳のときでした。その日のお金にも困るほど、「貧乏」になり、苦労の連続でした。でも、「貧乏になって、幸せになった」と言います。なぜなら、「贅沢をしなくなり、質素な食事に変わったから・・・」だそうです。

香港や上海に拠点を構えていたころの、連日連夜、贅沢三昧。毎晩、豪華な食事に舌鼓を打つ、あのころの食事を続けていたら、とっくに死んでいましたよ」と、和田さんは笑います。昭和4年生まれ、82歳。

『夢は必ず実現する』という信念を持ち続け、20歳から書き始めた日記を、いまも欠かさず付けています。失敗したときには、「これでよくなる!」と書いてきたそうです。80歳を過ぎて、「いまが一番楽しくてしようがない」とおっしゃる和田一夫さんの、80歳からの「大逆転人生」を伺います。

【上柳】 (少し感想があって)

いま、和田一夫さんに、電話がつながっています。

和田さん! こんにちは!

【和田】(あいさつ)

【上柳】 82歳になって、新しく始めたことがあるそうですね。

【和田】 *(8月から、フェイスブックを始めました。中国語にも翻訳されている)

【上柳】 ヤオハンが中国に進出したときは、

和田会長がテレビに出ない日は、ありませんでしたね。

あのときは、どんなお気持ちだったんですか?

【和田】 *一番いいときで、天狗になっていた。

*「一番いいときが、一番危ない」これが教訓。

【上柳】  ☆倒産したときが、68歳だったそうですね。

これから、どう生きていこうと思われましたか?

【和田】   *一番の悩みは、スーパーの経営以外やったことがないことだった。

*無一文になって事業は起こせない。

*68歳から、何をやっていこうかと、考えた。

*そして、本を読み続けた。

【上柳】  ☆「小平さん」の本を読んで、勇気がわいたそうですね。

【和田】   *小平氏は、3度失脚し、いまの中国を築いた。

*文化大革命後、74歳で復帰し、92歳で死去するまで、

引退せずに陣頭指揮を続けてきた。

*私も、ゼロになって、逆にエネルギーが出てきた。

【上柳】  ☆和田さんの信念は、「夢は必ず実現する」だそうですが、

82歳の和田さんは、どんな「夢」をお持ちですか?

【和田】  *いま、中国と日本の関係が悪化している。

*中国への進出を迷っている企業トップも多いと聞く。

*私には、失敗の経験を持っている。

*中国は、14億人のお客さんがいる、魅力あふれる市場だ。

*私の夢は、「中国と日本を結ぶ経営コンサルタントで、世界一になること」。

【上柳】 和田さん! ありがとうございました。

お体に気をつけて、夢をかなえてください。

国際経営コンサルタントの和田一夫さんでした。


スポンサーサイト

  • 2011.09.30 Friday
  • -
  • 08:52
  • -
  • -
  • -
  • -
  • by スポンサードリンク

コメント
コメントする








   
この記事のトラックバックURL
トラックバック

PR

calendar

S M T W T F S
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031    
<< July 2018 >>

国際経営コンサルタント
和田一夫レポート

profilephoto
和田一夫(わだ・かずお)
1929年神奈川県生まれ
日本大学経済学部卒。

42歳で日本初となるスーパーマーケットの海外進出を果たし、54歳で年商1,000億円を突破する企業を創った。最高売上5,000億円、世界16カ国450店舗展開を達成ヤオハングループ。68歳の時に上海栄誉市民賞を受賞する。
【現職】
中華人民共和国上海市栄誉市民
国際経営コンサルタント
前八佰伴国際集団 総裁
株式会社ハウインターナショナル 取締役会長
上海国際経営塾 塾長
福岡大学経済学部 非常勤講師

和田一夫Facebook公式サイト「和田一夫」で検索

selected entries

categories

archives

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM